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新潟地方裁判所 昭和25年(ワ)169号 判決

原告 前川八十治

被告 田村直作

一、主  文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対して新潟市古町通六番町九百六十九番地所在家屋番号古町通六番町四十番木造瓦葺二階建店舗兼居宅一棟建坪三十七坪外二階十六坪の内道路より向つて右側階下間口三間奥行三間半(約十坪)を除く部分及びこれに附属する土蔵造瓦葺二階建倉庫一棟建坪十二坪外二階十二坪を明渡せ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として次のように述べた。

一、被告は骨董商を営み昭和八年以来訴外鶴木金三郎より右木造瓦葺二階建店舗兼居宅一棟及びこれに附属する土蔵造瓦葺二階建倉庫一棟(以下本件建物という)を借受けていたが、昭和二十一年八月当時において賃料は一月金三百円であり期間の定めはなかつた。原告は同年同月三十一日居住並びに営業の目的で鶴木金三郎より本件建物を買受け、所有権所得登記手続をすませ、同日右鶴木と被告間の右賃貸借について賃貸人たる地位を承継した。

二、ところで原告は肩書住所で楽器並びに写真機販売商を営んでいるが、肩書地の現住家屋では多数の家族の居住や商品の陳列にとつて甚だ狭隘のため営業に支障を来たし本件家屋を使用する必要があるので、昭和二十三年一月二十日書面をもつて被告に対し本件建物の賃貸借を解約する旨の意思表示をした。

三、もともと右鶴木は本件建物を原告に売渡すに際して被告に買取り方を交渉したところ被告は金がないといつて断つたいきさつもあり、又原告が被告に明渡を求めるに際しても、原告が居住している肩書地の現住家屋(店舗兼居宅)を被告に提供する旨申出たが被告は家族四名であり、生活上にも営業上にも決して無理なことではないのにこれを拒み被告は全く誠意を示さない。要するに原告の前記解約は正当な事由に基くものであり、被告は原告に対し本件建物を明渡す義務があるから、本訴においてこれが明渡を求める。

被告訴訟代理人は主文第一項同旨の判決を求め、答弁として、原告の主張事実中一のうち原告が本件建物を買取つた目的は知らないが、その他の事実は認める。二の事実のうち原告が肩書住所でその主張のような営業をしていること、昭和二十三年一月二十日原告主張のような解約の意思表示を受けたことは認めるが、その他の事実は否認する。三の事実のうち訴外鶴木から本件建物の買取方の交渉を受けたことは認めるが右解約に正当事由があることやその他の事実は否認する。本件建物の所在地は新潟市唯一最上の小売地帯であつて、ここを立退くことは小売商人たる被告にとつて絶対にできないことである。また、原告は被告に対し本件建物の買受けの機会を与えないで右鶴木からこれを買受けその後直ちに賃貸借契約解除の意思表示をしたものであつて、かかる解約の意思表示は権利の濫用であり、無効である。と述べた。

三、理  由

被告が昭和八年以来鶴木金三郎より本件建物を借受け、昭和二十一年八月頃の賃料は一月金三百円であり期間の定めがなかつたこと、原告は同年同月三十一日鶴木より本件家屋を買受け所有権移転登記手続をすませ、同日右鶴木と被告間の本件家屋の賃貸借について賃貸人たる地位を承継したこと、及び原告が昭和二十三年一月二十日被告に対し書面をもつて本件家屋の賃貸借契約を解約する旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。

原告は右解約は正当の事由に基くものであると主張し、被告はこれを争うのでこの点について判断する。

まず、検証の結果、証人前川フミの第一、二回の証言及び原告本人尋問の結果を綜合すれば、

(一)  原告は新潟市西堀前通六番町九百九番地所在の間口三間奥行八間の木造漆喰造二階建住居並店舗において楽器並びに写真機販売業を営んでおるが、同家屋階下の柾谷小路に面した間口三間奥行四間はコンクリート土間でここを写真機、楽器及び部分品置場兼店舗としてその奥の板張六畳間を原告夫婦の寝室に、その南側板張六畳間を食堂兼居室に、二階北側六畳の間は原告の子供四人の居室兼寝室に、南側六畳は長男の居室兼勉強部屋に、二畳は女中部屋にそれぞれ使用し又店舗の上にあたる階下の部分は、原告所有の西隣の家屋の階上とつながつていて、原告の妹が飲食店として使用していること。

(二)  右のうち店舗の部分は学校等に納めるオルガン、ピアノ等の楽器、附属品、陳列棚、事務机等で占められていて原告は商品陳列場所として狭隘を感じていること。

(三)  階上の居室はいわゆる中二階建で天井の高さ五尺四、五寸であり、原告の家族や女中合計八名が居住しており、その両親は原告と同居できずに別居していること。

(四)  原告は、被告に本件建物の明渡を求めるかわりに、原告が現に使用中の家屋を被告に提供する用意がある旨本件検証を行つた昭和二十五年十一月二十四日被告に言明し、今なおその用意があること。などの事実が認められ他にこれを左右するに足る証拠はない。

次に、検証の結果によれば、被告は、新潟市古町通の繁華街に面し原告居住の前記家屋より約二十米離れた本件建物のうち、道路より向つて右側階下間口三間奥行三間半(訴外松崎勘司の使用部分)を除く階下の部分、すなわち左側間口二間半奥行六間の土間を工芸美術品店の店舗として使用し、ここに漆塗り茶器陶器、金属製火鉢等を陳列し、その奥七畳六畳を居間として使用し、なお右六畳間に茶器、商品等を陳列し、板間をへだてたその奥間口三間奥行四間の二階建土蔵を商品置場に使用し、二階の板間を物置に、二階南側六畳を子供二人の寝室、八畳間を被告本人の寝室兼客間に、北側六畳の間を被告の妻の寝室兼子供の勉強室に使用していることが認められる。

右の原被告の家屋使用状況を比較してみると、たしかに被告側は原告側に比して家族の居住、商品の保管陳列により多くの余裕があると認められ、原告が本件家屋から約二十米離れた現住家屋を被告に提供しようとするのに、被告が明渡を拒否していることは、単に居住の目的のための家屋使用ないし、商品陳列の場所の広狭というだけの見地からみるならば、被告のわがままであると断ぜざるを得ない。

しかし、借家法第一条の二にいわゆる「正当ノ事由」の有無は単に右のような見地だけから判断すべきではなく、借家人が明渡を拒否する事情や貸家人及び借家人双方の必要の程度その他諸般の事情を考慮し社会通念上いずれが妥当なりやによつて決すべきである。

証人松崎勘司、同鶴木金三郎の各証言及び被告本人尋問(第一、二回)の結果を綜合すれば、

(イ)  被告はもと新潟市金比羅通りに家屋敷をもちそこで営業していたが、経営不振に陥つたので昭和五年頃営業の浮沈をかけて、同市の中心繁華街である古町通に進出することを決意し、右鶴木より本件建物を借受け爾来二十数年にわたつて美術工芸品商を経営しようやく得意先からもその存在を認められるようになつたこと。

(ロ)  原告の現住家屋は柾谷小路の南側に位し、道路の向う側に大和デパート、西側に道路をへだてて小林デパートがあつて、往来の顧客をデパートに吸収されるような場所であり、客を呼びよせるのに不適当であるが、古町通に面する本件建物は小売店を目当とする通行人も多く、且つ落着きがあつて客の呼入れにも適し美術工芸品の小売を主とする被告にとつて本件建物を明渡し、又は原告の提供する原告の現住家屋に移転することは、これまで築き上げてきた店の信用にも関係し、又営業上受ける打撃が大きいこと。

(ハ)  被告は原告が本件建物を買取つてから、更に原告よりこれを買取る積りで金比羅通りにあつた唯一の宅地二百坪並びに建物を売却し、今後も営業上適当な場所を物色し、適当な所があれば移転する積りであること。

(ニ)  原告は、被告が本件建物を使用していることを知りながらこれを買取つたものであり、しかもその後原告の現住家屋の西隣りの家を買取つたのに、それを原告の主たる営業に使用することなくそこでは飲食店の経営がなされていること。

などの事実が認められる。

右(ロ)及び(ニ)の事実から、原告の本件解約の目的は単に家族数の多いことや陳列品置場の狭いことから生ずる家屋使用の必要ということの外に繁華街である古町通りに出たいという要求(そのかわり被告を原告の現住家屋に移転させる)もかなり強く作用していると推認せられるのであるが、永年本件家屋で信用を築き上げた被告にとつても又本件建物を営業に使用する必要度は原告のそれに劣らないのであり、右認定の(イ)(ロ)(ハ)(ニ)の事情を考慮するとき、店舗払底の現状においては被告が立退きないし交換に応じないことは、あながち被告のわがままと断ずることはできないのであつて、むしろ現状を維持し引続き本件建物を被告に使用せしめるのが相当と認められる。

従つて、原告の本件建物賃貸借を解約する旨の意思表示は正当事由に基くものと認めがたいから、右解約が有効になされたことを前提とする原告の本訴請求は理由がなく失当としてこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十五条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 緒方節郎)

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